ロングソードとドイツ剣術
ロングソードを相手に模擬戦する機会があるので、ロングソードとその剣術についてざっと調べて見ました。
どんな武器か?
中世ヨーロッパで用いられていた典型的なロングソードは、全長80cm〜100cmほど、重量1500g〜2000gほど、身幅3cm〜5cmほどの両刃剣(峰側にも刃がある剣)です。十字鍔があります。
材質によって前期と後期に分類することができます。前期(1050年〜1350年頃)のロングソードは、焼き入れした鉄を用いて、刃幅も厚く作られてます。一方で、後期(1350年〜1550年)のロングソードは、鋼を用いて、やや細長く作られてます(身幅2〜4cm)。
剣術については、斬撃を主とするゲルマン系と、突刺を主とするラテン系とがあります。
構造
ロングソードは剣身と両手柄と十字鍔から構成されています。その構造から理合を考えて見ました。
- 両刃である。振りかぶったり受け流したりする代わりに裏刃で攻撃できる。表刃(LongEdge)と裏刃(ShortEdge)の切り返し技が発達している。ツバメ返し(往復ビンタ)に適している。応じ返し技も多用される。馬上で使用可能だが、裏刃で馬を傷つけるかも。
- 切断力は日本刀より劣る。しかし、刃こぼれしにくいので、ゲシゲシと打ち合うことができる。剣身をあてない回避系マニューバーはあまり発達していないだろう。値段を考えるに、ロングソードは消耗品と考えてもいいかも(日本刀が高価すぎるんだい)。
- 樋が無い。血や脂にまみれた刃の切れ味は落ちやすいが、もともと叩き斬る武器ならあまり関係ないか。
- 鎬が無いので、すべりが悪そう。鎬を用いた複雑な防御マニューバー(擦りや流しなど)は少ないだろう。
- ガントレットを着用している場合には、剣身を握って短く使う技がある(ちなみにHalfSwordという技術)。
- 日本刀(打刀は70〜90cm)よりも長いです。ロングソードの間合いを保って後退しながらのアウトレンジ突刺がある。短い武器で挑むのは、対空ミサイル車両(槍)を航空爆撃しに行くようなもの。
- 重心は鍔元に近い。柄中(やや十字鍔に寄ったあたり)を中心にして剣を回転させる技が多いだろう。ロングソードの回転軸そのものは空間をほぼ等速度運動するので、ロングソードの右籠手付近は目標になりやすいのではないか?
- 剣身が直線状である。斬撃速度はやや遅いだろう。しかし、槍のような刺突攻撃がしやすい。反りを用いた技は存在しないはず。鞘から抜き差しするにもいくらか時間が掛かる(奇襲された場合に対応が遅れる)。剣身より柄が先行しないので、斬撃時にカウンターで手を攻撃されにくい。
- 鍔は十字鍔である。長い鍔は、相手に引っ掛けて制したり、第2の柄として握ったりできる。柄や鞘を使った関節技の他に、鍔を使った関節技もあるかも。平服では手や指が弱点になりえる。ロングソードは鍔迫合(not続飯付)しにくい。なお、後期ロングソードには小さな丸鍔がついているものが見受けられる。
- 十字鍔は真向振りかぶりに適さないので、主たる斬撃は袈裟斬りとなるだろう。振りかぶるときには両肘を伸ばす必要があるので、伸ばした肘をガードする技術があるはず。また、斬り上げにおいても手元を下げにくいか?(「Schrankhut(障壁)」の手の位置が基準)。身を沈めながらの斬り上げ(大拍子)は難しいだろう。
- 柄頭(Pommel)は丸いものが多い。柄頭での打撃がある。左手を持ち替えての逆手での技があるかも。
- 片手で保持できるので、手足を使っての打撃を妨げない。西欧人との体格差を考えると、殴り合いや組み討ちは避けた方が良さそう。
ロングソード設計思想は「防御は甲冑や盾に任せ、表刃裏刃の斬撃と突きを交えたパワフルな連続攻撃の為の武器」と見ました。その武器が平服の時代にもそのまま用いられた結果として、西洋剣術(平服)が発達したのだと思います。
基本技術
主な攻撃メソッドには「Hauen(斬撃,cut,Thrust)」「Stechen(突刺,stab)」「Abschneiden(切断,slice)」があります。他にも、柄頭や鍔を用いた打撃などがあります。
- Hauen(斬)
- 一般剣術と同様に「Ober-hau(斬り下げ)」「Mittel-haw(横斬り)」「Unter-hau(斬り上げ)」があります。練習では6方向または8方向からの斬撃を学びます。
- Stechen(突)
- 剣先で突刺するメソッドです。剣軸で回転させての諸手突きがあります。片手突きが少ないのは、剣が重いことと連続攻撃が途切れることが理由だろうと思います。
- Abschneiden(切)
- 相手の肌に刃をあてて押し切るか引き切るものです。主な攻撃目標は手首や腕です。
主な防御メソッドは「受け・逸らし」と「打ち落とし(Krumphauなど)」です。「受け流し」に近い技法もありますが、概して少ないように思います。
ドイツ剣術(平服)について
歴史的には銃器の発達によって西洋剣術は失伝しました。当時の文献から復元されたものの一つが「ドイツ剣術(平服)」です(この意味で、ドイツ剣術は伝統武術ではなく古典武術というべきかと)。両手剣(TwoHandedSword)など超大型刀剣の場合を例外にすれば、刀剣を両手で持つ剣術はドイツ剣術と日本剣術ぐらいらしいです。そのため、ドイツ剣術は日本人にとって理解しやすいものだろうと思います。
構え
4種類の基本的な構えと2種類以上の副次的な構えがある。ネット動画を見る限りいずれの構えも使用されている。「Vom Tag(太陽)」が最もメジャーであるようだ。
- 「Vom Tag(太陽)」
- 火の構え(静的&攻撃的)。日本剣術の八相(肩,low)か大上段(頭上,high)の構えに同じ。八相の構えは日本の甲冑剣術において最も基本的な構えなので、ドイツ剣術(甲冑)でも同様か。最も攻撃的な構え。左構えは右籠手が弱点(しかし裏刃による攻撃オプションが有効)。両刃なので剣を肩に乗せて休みにくい。主な攻撃は袈裟斬り。拳の高さは資料によりけりだが肩の高さが基本と思われる。大上段に構える場合は肘を伸ばす。
- 「Ochs(雄牛)」
- 風の構え(動的&攻撃的)。日本剣術の上段霞の構えに相当。剣先は相手の顔に向ける。突撃に適している。左右の構えの切り替えが容易かつ効果的。突きからの攻撃が多い。相手の攻撃を迎えるのにも適している。
- 「Pflug(鋤)」
- 水の構え(動的&防御的)。日本剣術の霞の構え(右,防御的)または平青眼の構え(左,攻撃的)に相当。柄を腰あるいは尻に深く溜めた構え。剣先は相手の顔か胸に向ける。左右の構えの切り替えが容易。霞も平青眼も上段に対する構えであるので、恐らくは「Vom Tag(太陽)」に対して有効だろう。防御主体なら右構え(攻撃は突き上げなどに限定)。右構えは裏刃が下向き。左構えは裏刃が上向き。
- 「Alber(愚者)」
- 地の構え(静的&防御的)。日本剣術の下段の構えに相当。振り下ろされる刃を受けるのに適している。攻撃は縦の切り上げと突き上げが主体(柄を中心に回すように振り上げる)。振りかぶりにくいが裏刃があるロングソードでは意外に多用されるのかも。
- 「Schrankhut(障壁)」
- 補助的な構え。「Alber(愚者)」から左足を前に出し、剣先を下げる。縦横の斬り上げ(Krumphauによる攻防を含む)に適した構え。
- 「Nebenhut(脇)」
- 補助的な構え。日本剣術の脇構えに同じ。攻撃方法は、縦の斬り上げか大きく振りかぶっての斬り下げ。攻防の手段が双方とも限定される。
典型的な攻撃
ドイツ剣術の連続技は、上記の5種類の斬撃と突刺とを組み合わせたものがほとんどみたいです。基本的には、傾いた横8字の軌道と剣を裏返しての突刺軌道との組み合わせがロングソードの軌道になります。剣を裏返しての攻撃はとても効果的ですが、その次の攻撃の選択肢が限定されるようです。連続攻撃の途中で振りかぶることは少ないです。Zorn-hau(袈裟斬り)は最初に用いられることが多いです。
特殊なマニューバー
ネット動画で見た特殊マニューバーや用語をいくつかメモ。
- 彼我が切り結ばれた状態から即座に(交差位置を支点にして)表裏刃を返してのすばやい突刺。定跡ともいえるマニューバー。< つまり、相手のロングソードを払ってからまっすぐに接近するのでは間に合わない。まっすぐ接近するには二段払いや巻き技やフェイントが必要だろう。むしろ、進入コースをずらして接近する方が良い。
- 切り結び状態から、相手の武器の下をかいくぐって左右を替える(Durchwechseln)。
- 同じ部位を連続攻撃(Doublieren)。
- 表刃で攻撃した部位の裏側を裏刃で攻撃。例えば、左Zwerchauで右側頭部を斬った直後にツバメ返しで右Zwerchauで左側頭部を斬る(ロングソードは水平に1回転する)。
- 剣先を相手の顔に向けたまま、手元を移動させて構えを変える(redel)。特に「Ochs(雄牛)」で左右を変化させて突刺するパターンが頻出。
- 両手をバンザイさせての突刺。直線状のロングソードを用いて近接突刺するための方法らしい。
- 相手の剣の軌道を追尾する攻撃(Nachreisen)。振り上がる籠手を下から斬り上げたり、Zorn-hau(袈裟斬)をかわしつつZornhauで攻撃したりするもの。日本剣術の抜き技に近い。「切り落とし(一刀流)」や「合撃(新陰流)」のような技法とは異なる。
- 突きから切りへの連続攻撃(Absetzen)。剣先をあててからそのまま切る。
主な連続技
切り結びからの定跡
ロングソード同士の対戦では「とにかく最初に切り結ぶこと」が基本定跡になっているようです(相撲や柔道でがっぷり組むようなもの。将棋の相矢倉戦のようなもの。組むまでの攻防は別にある)。切り結びの状態(先端か鍔元か、強いか弱いか、右か左か)に応じて、定跡が樹形図のように分岐しています。
- 遠距離(我が先端・彼が先端)
- (調査中)。
- 中距離(我が鍔元・彼が先端)
- (省略)。抑えてたらそのまま突く。抑えられてたら下くぐりして突く。
- 中距離(我が先端・彼が鍔元)
- (省略)。
- 近距離(我が鍔元・彼が鍔元)
- (調査中)。
この定跡による有利不利は武器そのものの有利不利より優先されるようです。つまり、双方が定跡通りに操作すれば、短い武器であっても五分五分に持ち込めるかも知れません。
袈裟斬りへのカウンター
袈裟斬りに対して、手首を返して右鎬で強く受ける。そのまま、体は右に移動し、左腕を高く上げ、相手の首を上から刺刺する。もし届かなかければ、喉を突くか、手首を返し左から水平に斬りつけるか、アームクロスし剣を切り替え相手の剣の裏側を通って喉を水平に切る。
突刺に対するカウンターその1
突刺に対するカウンターその2
体は右に移動し、相手の剣を打ち落とす。さらに、裏刃で相手の右首を上から狙うシールハウか、裏刃を使って顎下へ切り上げるか、ツベルクハウで相手の左こめかみをたたき割るか、左手で相手の腕か柄を取る。
プフルークからの突きに対するシールハウ
体は右に逃げ、両肘を高く上げて裏刃で相手の右肩を斬り下す。剣で防がれたら、その力を利用して相手の右首を斬れる。
高い位置からの切りおろしに対しての防御
相手の振り上げたル両腕の間に切っ先を入れるか顔を狙う。相手が振り下ろせば、その力を利用して相手の頭を斬る。
突きに対する高等な防御
右を狙って来た場合は、左クルンプハウで突いてきた剣をはじいてはねのけ、ぐるりと剣を縦方向に回し回転のエネルギーをそのまま真っ向に斬りつける。
左を狙って来た場合は、左肘を上にしっかり伸ばして剣先を下にし、側面から相手の剣に叩きつけるようにガードする。そのまま左肘を下に伸ばし、切っ先を上にして腹を突く。
アルバーからの突き上げに対するシャイテルハウ
横に逃げつつ、振り下ろす剣は相手の両腕で作った三角形の中を狙う。振り下ろした時には、手首を下げ、ひじは上に上げて張る(日本剣術の延打ちに似てる)。
刀で剣に対するに
ロングソードに対するマニューバーをいくつか考案してみました。< こういうバカバカしい技をマジメに考えるのが好きです♪
例えばこんな技 … 命名「下身斬りR」(笑)
概要「右鎬で切り結び、ロングソードの先端を刀の鍔元で押さえる。ロングソードの左Stechen(突刺攻撃)か防御(居付き)を誘う。剣を右に擦り流しつつ深く沈んで回避し、相手の右腕を片手で斬り上げる。更に刀を旋回して再び攻撃。刀の軌道は∞形になる。捨身技なので外したら負けます」。
我は北を向いている。左足を左前(北西)に踏み出し、左鎬でロングソードを右に擦り流しつつ(つまり刃先は上で刃は南を向き)、右足を左足の右後ろ(東南側)に付け、左前半身になる(北東を向く)。ポイントは「手元を低くしてDurchwechseln(下くぐり)を封じる」と「左鎬(または刀峰)をロングソードに粘付し続ける」です。
右足先は北を向く。左足を大きく左(西)にすべらせ、刀先を後ろ(南)にまわし、左手を離し左肩を引いて胸を西に向け、右片手で相手の右腕を斬り上げる。ポイントは「胴体(丹田)を深く西に沈めること。右膝は床につけてもよい」と「柄頭を左手で引いて刀を加速させること」です。ボクシングの右アッパーカットに似た動きになります。
胸を北に向かせ、刀を左脇(西側)で縦に旋回させ(右拳が左肩を経由し)、再び相手の右腕を片手で斬り上げます。
低い姿勢のまま、左掌を柄に下から添えて、受け流しに構えます(刀先は下を向く。左指は出さない。右肘は刀峰に添えてもよい)。または、斬り上げた姿勢で八相のように構えます(左手で柄頭を右袖ごと掴むと防御力が上がる)。
ARAI Satoshi ( arai@luminet.jp )