熱く語れ!Boys Be!

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多様性の容認と多様性の強要 (2022年12月04日)

多様性の容認と多様性の強要の相違はこの図が分かりやすいと思います。実際には「どんな色でもいい」「全ての色が含まれなければならない」「黒以外ならなんでもOK」「黒以外を全て使わなければならない」「黒と赤と白だけ使用できる」など言葉通り色々様々です。

多様性の容認は「社会全体の共通の利益」が侵害されない限り他人の思想や表現を許容します。多様性の強要は「社会全体の共通の利益」を侵害させない為に他人の思想や表現を制限します。

「社会全体の共通の利益」の具体的内容はそれぞれの社会ごとに法律や宗教などの社会的規範で定められます。例えば、ある宗教を主な社会的規範とする社会では特定の思想は行動を伴わなくても「社会全体の共通の利益」を侵害すると考えられてます。

多様性を容認する側から見れば、多様性の強要そのものは多様性のひとつとして容認できます。自分たちが強要されなければいいので、ちゃんと住み分けできるなら問題ありません。「関わらない。関わらせない」です。

ところで、いわゆるポリコレの行動のひとつに「社会全体の共通の利益」の具体的内容をいかにして自分たちに有利なよう改正していくかがあります。彼らの一部はささいなことでも実例や判例を作り出しそれを根拠に議論の機会を封じて更に実例や判例を積み重ねていこうとします。

多様性を容認する側は議論の機会が封じられる前に反論しなければならないのですが多くの人は自分の反論の機会が封じられてから反論しようとするので結果的に自分たちの不利なように徐々に改正されてしまいます。だから「いつの間にかおかしな時代になってしまった」と言うのです。

例えば昭和の時代には別に差別でもなんでもなかった言葉や表現が一部で差別に使用されてたので現在では差別として自主規制させられただけでなく当時に普通に使用されてた事例まで差別だったとされそれに反論しようとすると「傷つく人がいる!差別の正当化は卑怯」とされてるケースがあります。

話を戻しましょう。「関わらない。関わらせない」は確かに効果的ですが、やがて擦り寄ってくる強要に対抗するにはそれだけでは不十分です。言論の自由の確固たる維持が必要ですし、状況によっては「尊重するけど沈黙してもらう」という積極的な手段も必要になります。

社会的規範が改正される前にその規範をもって沈黙させるのが最も簡単です。また、過去の事例を観察するに多様性の許容を封ずる段階では共闘できてもその後は主導権争いや内ゲバが生じるので、それを早めに顕在化させて共倒れや内部崩壊や還俗を誘導するのも効果的だと思います。

雉も鳴かずば撃たれまいに。

異論を許せない人たち (2022年10月26日)

確かにBはAから派生した話だけどAとは別の話なのでわざわざ別の場でBの話をしているのに、わざわざBの場に来てまで「Aと関係ない話するのは意味わからない」と意見するのは本当に意味わからないなあ。しかも私はAの意見を支持してるのに。

正論であれ盲信であれ「私の意見は正しいから何を言っても許されなければならない」と本気で信じている人たちが求めているのは完全同意やイイネの数であり、大同小異な意見は求めてないどころか許すこともできないのですよ。そんな人たちは互いに服従を強要するので簡単に内ゲバで潰しあいます。また、最初から完全同意で媚びてくる人もいつか「僕の勝手な期待を裏切ったな」と手のひらを返します。だからそんな人たちとはほどほどの距離を保って付き合うのが賢明だと考えてます。

その一方で、互いに大同小異を認め合える人たちは利害を調整することで安定して共存することが可能です。私はそういう人たちと仲良くやりたいです。

うる星やつらファンの集い (2022年09月18日)

1982年9月18日(土)に千代田公会堂で催された「うる星やつらファンの集い」に参加してきました。内容は「ニャオンの恐怖」先行試写、「オンリーユー」製作発表、コスプレショー、アフレコ再現、コンサートなど盛りだくさんのイベントでした。

ゲスト(敬称略)は、高橋留美子、中野まき子、斉藤邦子、田中喜一、O島(仮名)、平野文、古川登志夫、杉山佳寿子、鷲尾真知子、神谷明、永井一郎、緒方賢一、佐久間なつみ、松谷祐子、ヘレン笹野、ヴァージンVS、多賀英典、落合茂一、布川ゆうじ、今春智子、押井守。

さて、イベントの開催を知ったのは週刊少年サンデー誌上でした。ネットなんて普及してませんでしたので郵送で申し込みます。しばらくしてピンク色(単色印刷)の招待ハガキが届きました。後から知りましたが、競争率は約10倍だったそうです。

当日は早めに千代田公会堂に向かいました(当時は週休二日じゃありません)。1人ということもあり開場時刻を待つ身が長しです。総参加者数は約850名。最も早い人は前日の21時から並んでいたとのこと。映画でもコンサートでも完全自由席なら当時はそれが普通でした。

入場するときに料金500円を払い、ペーパーバッグ(黒または青)をもらいます。私は黒。当時350円で売られてるグッズだったかな。パンフ代わりに様々なチラシが入ってました。私は二階席最前列に。公演は「ラムのラブソング」からスタート。手拍子がホ−ルに鳴り響きます。

続いて声優陣が登場。コールが飛び交い百家争鳴となりました。最初に声優さん達を見たときには「地声はあまり似てないな」と思いましたが、アフレコ風景再現で納得。名セリフや迷セリフが出て来ます。島津冴子さんが来れなかったことは残念でしたが、声のメッセージが届きました。

高橋留美子先生&まきくにコンビの登場で場内はさらに盛り上がります。「まるで普通の人だな」と少々残念に思ったことは内緒。ファンに向けてのお言葉を賜りました。ファンから贈られたというプラモ人形や博多人形が披露されました。

続いて映画製作発表会。制作陣の挨拶が行われ、新キャラクター及び主題歌の発表に場内が沸きます。エルは薔薇をモチーフにしたファンタジックな美少女でした(だって、あの絵1枚だけしか資料なかったし)。どんな映画が完成するのか胸を躍らせました。

続いて有志によるコスチュームショーが行われました。当時のコスプレ技術はまだカツラと衣装だけがせいぜいで基本的に本人の造形が重要でした。だから80年代に有名だったコスプレイヤーさんは基本的に美人でスタイルも良い人が多いです。

そしてレコードジャケット原画紹介、ヴァージンVSの「星空サイクリング」の発表、「ニャオンの恐怖」先行試写と続きました。当時はビデオなど普及してませんでしたので上映会や試射会は十分い集客効果のあるコンテンツでした。

最後はミニコンサート。松谷祐子さんやヘレン笹野さんらの熱唱に場内は沸騰し、アンコールを経て大盛況のうちにイベントの幕は閉じました。予定終了時間を1時間以上もオーバーしてたそうです。帰宅したのは22時過ぎでした。レポートは以上です。

追伸。他のイベントレポートもローカルの日誌や個人サイトのHTMLソースに下書きを埋めてあるので私が生きているうちに発掘して内容を確認し公開したいです。検索可能な場所になにか残しておかないと歴史は消えてしまいますから。

(C) ARAI Satoshi